「旗をたてる」
というのは、古今東西意義深いものがあります。
戦国武将はいい例です。
我が越後の上杉謙信公の「毘」の一字は、謙信公の誓いと実践そのものでありました。
毘とは毘沙門天のこと。
毘沙門天は四天王の一人で、北方の守護神。
天部は仏法を守る神々であり、毘沙門天は戦神・軍神として四天王最強の神です。
謙信公は朝廷と幕府の北方に位置する越後の地から、「護る」ための戦いをしたとの解釈があります。
そして、自らが毘沙門天そのものである、という境地まで精神状態をもっていったと言われています。
「自らが毘沙門天そのもの」ということは一般の方々には理解不能な面もあるかもしれませんが、これは非常に禅的なのではないかなと私は思ってます。
説明すれば長くなる、あるいは難しくなるのでここには記しませんが、手取川の戦いで織田軍を叩きのめすほどに強かった越後軍の強さの源は、この毘の一字に集約されている気がします。
もちろん、さまざまな要因があっての結果ですけどね。
とにかく旗をたてる、ということは意味のあることです。
心の強さに学びたい一つの事例のように思います。