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龍源寺の歴史
龍源寺の歴史

深見山 | しんけんざん 龍源寺 | りゅうげんじ は安土桃山時代にあたる天正十年(西暦一五八二年)※一説に天正十五年(西暦一五八七年)開創の
曹洞宗という禅宗のお寺です。
新潟県 東頸城郡 | ひがしくびきぐん 浦川原村 | うらがわらむら (現在は上越市浦川原区)にある
顕聖寺 | けんしょうじ の第十世 日山建慧 | にっさんけんえ 和尚が御開山さまです。
越後においては上杉謙信公亡き後、上杉景勝公が治めていた時代であり、
今から四百年以上昔よりこの津南の地にありました。
日山建慧和尚の弟子にあたる龍源寺第二世 附天傳与 | ふてんでんよ 和尚が芦ヶ崎村に 龍昌寺 | りゅうしょうじ を開かれ、
第三世 芳室傳播 | ほうしつでんぱ 和尚が龍源寺の伽藍を整備し、 割野村 | わりのむら に薬師堂を建立しました。
龍源寺の歴史において特筆すべき点は、幕末に開かれた 赤山義塾 | せきざんぎじゅく という寺子屋にあります。
安政三年(西暦一八五六年)に高橋赤山先生によって龍源寺の境内に開設されました。
以来十八年間、この地方の政治・経済・文化に影響を与え、塾生からは島田茂氏や桑原重正氏をはじめ、
曹洞宗内においては大雄山最乗寺住職になられた 星見天海 | ほしみてんかい 老師や釈素朴老師、
地方政界や財界のリーダーになっていった内山虎太郎氏、中沢友太郎氏、橋野佐平氏、
富澤八郎氏などたくさんの人材が輩出されました。
赤山先生は長岡出身で江戸幕府の役人をされていました。しかし故あって追放され、
秋山郷まで逃げ延び身を隠していました。文武両道の人であったらしく、
秋山郷で熊と闘った話も残されています。そこで龍昌寺の住職に出会い、その傑物ぶりに驚き、
中深見村の龍源寺で塾を開いてはどうかと促され、赤山義塾がはじまりました。
いまでも龍源寺には先生屋敷というところがあり、赤山先生のお徳を偲ぶ石碑が建立されています。

このように地域と密接に関わりがあって成り立ってきたお寺であります。
 
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